フルハーネス特別教育は、自社(社内)で実施できます。特別教育はもともと「事業者」に課された義務で、講師に法定の資格はありません。ただし講師は「特別教育の科目について十分な知識、経験を有する者」である必要があり、学科4.5時間・実技1.5時間のカリキュラムと、記録の3年保存が欠かせません。
「外部の講習に出すと費用も日程もかかる。社内でできないか」と考える担当者の方は少なくありません。この記事では、自社で実施するときに守るべき法令上のルールと、実際に準備するもの、修了証や記録の作り方を、条文と厚生労働省の資料を根拠に整理します。外部委託やオンライン学科との比較表もあるので、自社に合う方法を選ぶ判断材料にしてください。
■ フルハーネス特別教育は自社でできる?法令の結論
▶ 特別教育は「事業者」が行う義務
労働安全衛生法第59条第3項は、危険・有害な業務に労働者をつかせるとき、事業者は「当該業務に関する安全又は衛生のための特別の教育を行なわなければならない」と定めています。
フルハーネスの業務は、労働安全衛生規則第36条第41号で特別教育の対象とされています。高さ2メートル以上で作業床を設けることが困難なところで、フルハーネス型の墜落制止用器具を用いて行う作業です(ロープ高所作業に当たるものは除きます)。
つまり、法令が求めているのは「事業者が教育を行うこと」です。外部の講習機関で受けさせるのは、その義務を果たす方法の一つにすぎません。
▶ 厚生労働省も「差し支えない」と回答
厚生労働省の「墜落制止用器具に係る質疑応答集」(令和5年12月)では、「外部の教育機関で受講しなければならないのか」という問いに対し、「事業者が自ら特別教育を実施するのは、当然、差し支えありません」と回答しています(問6-1)。
▶ 実施しないと罰則の対象に
特別教育を行わずに対象業務に就かせると、労働安全衛生法第59条第3項違反として、第119条第1号により6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金の対象になります。自社で行う場合も外部に委託する場合も、この義務は変わりません。詳しくはフルハーネス特別教育を受けないと?罰則と事故責任で解説しています。
■ 講師の条件:資格は不要、ただし誰でもよいわけではない
▶ 法令に講師の資格要件はない
労働安全衛生法・安衛則・安全衛生特別教育規程のいずれにも、特別教育の講師の資格要件は書かれていません。質疑応答集の問6-2でも「特別の資格要件はありません」とされています。
▶ 求められるのは「十分な知識、経験」
同じ問6-2の答には続きがあり、講師は「特別教育の科目について十分な知識、経験を有する者でなければなりません」とされています。質疑応答集では、その根拠として昭和48年3月19日付け基発第145号が示されています。
「十分な知識、経験」の具体的な基準(年数など)は、確認できた範囲では示されていません。社内で講師を選ぶときは、次のような点を記録に残しておくと、説明がしやすくなります。
- フルハーネスを使う高所作業の実務経験(年数・作業内容)
- 自身がフルハーネス特別教育を修了していること
- 関係法令・メーカーの取扱説明書を理解し、説明できること
- 関連する作業主任者技能講習などの修了歴(あれば)
これらは法令上の要件ではなく、講師の選定理由を明確にするための目安です。判断に迷う場合は、所轄の労働基準監督署にご確認ください。
▶ 科目ごとに講師を分けてもよい
学科の「関係法令」は安全担当者、実技は現場のベテランというように、科目ごとに担当を分ける方法もあります。法令上、講師を1人に限る定めは見当たりません。どの科目を誰が担当したかを記録しておきましょう。
■ 6時間のカリキュラム(特別教育規程第24条)
科目と時間は、安衛則第39条にもとづく「安全衛生特別教育規程」(昭和47年労働省告示第92号)の第24条で決められています。自社で行う場合も、この科目・範囲・時間を満たす必要があります。
| 区分 | 科目 | 時間 |
|---|---|---|
| 学科 | 作業に関する知識 | 1時間 |
| 学科 | 墜落制止用器具(フルハーネス型)に関する知識 | 2時間 |
| 学科 | 労働災害の防止に関する知識 | 1時間 |
| 学科 | 関係法令 | 0.5時間 |
| 実技 | 墜落制止用器具の使用方法等 | 1.5時間 |
| 合計 | 6時間 | |
▶ 学科で扱う範囲
- 作業に関する知識:作業に用いる設備の種類・構造・取扱い方法、点検・整備、作業の方法
- 墜落制止用器具に関する知識:フルハーネス・ランヤードの種類と構造、装着の方法、取付け設備等への取付け方法と選定方法、点検・整備の方法、関連器具の使用方法
- 労働災害の防止に関する知識:墜落・落下物・感電による災害の防止措置、保護帽の使用方法と保守点検、事故発生時の措置など
- 関係法令:労働安全衛生法・同施行令・安衛則の関係条項
▶ 実技で扱う範囲
実技(1.5時間)では、フルハーネスの装着、ランヤードの取付け設備等への取付け、墜落による労働災害防止のための措置、点検・整備を行います。
特別教育規程には実技の設備や会場の基準は書かれていません。ただ、規程の範囲を実際に行うには、次のような準備が現実的に必要です。
- 受講者が装着できる数のフルハーネスとランヤード(サイズ違いも)
- ランヤードを掛けられる取付け設備(親綱・アンカーなど)
- 点検の実習に使える器具(劣化例の説明資料など)
- 保護帽と、安全に実習できる場所
器具の選び方や点検のポイントはフルハーネス使用マニュアル|6.75m・選び方・点検も参考にしてください。
▶ テキストはどう用意する?
テキストの指定は法令にありません。市販のテキストを使っても、自社で資料を作ってもかまいませんが、規程第24条の範囲をすべて扱っていることが前提です。無料で読める一次資料としては、厚生労働省の「墜落制止用器具に係る質疑応答集」や、厚生労働省の法令等データベースに掲載された特別教育規程があります(末尾の参考情報に掲載)。
インターネット上で「テキスト PDF」として配布されている資料は、作成者や改正への対応状況がまちまちです。社内教材に使う場合は、最新の法令と照らし合わせてから使いましょう。
▶ 修了テストは法令上の義務?
安衛則・特別教育規程・質疑応答集のいずれにも、フルハーネス特別教育の修了試験を義務づける定めは見当たりません。技能講習のような修了試験の制度はなく、理解度確認のテストを行うかどうかは実施者の判断です。
ただし、受講者が内容を理解したかを確かめる意味で、簡単な確認テストを行うのは有効です。テストの「答え」を覚えるより、装着手順や点検項目を実技で確認するほうが、現場の安全には直結します。
■ 科目を省略できる人(安衛則第37条)
安衛則第37条は、科目の全部または一部について「十分な知識及び技能を有していると認められる労働者」については、その科目を省略できると定めています。フルハーネス特別教育で、質疑応答集(問5-1)が示している省略の例は次のとおりです。
- 施行日(2019年2月1日)時点で、フルハーネス型を用いる対象作業に6か月以上従事した経験がある人:「作業に関する知識」「墜落制止用器具に関する知識」「墜落制止用器具の使用方法等」を省略できる
- 同じく施行日時点で、胴ベルト型を用いる対象作業に6か月以上従事した経験がある人:「作業に関する知識」を省略できる
- 足場の組立て等特別教育、またはロープ高所作業特別教育を受講した人:「労働災害の防止に関する知識」を省略できる
一方で、足場の組立て等作業主任者技能講習の修了や「とび技能士」の資格だけでは、科目を省略できないとされています(問5-2)。また、経験の証明について「法令で定められた基準・様式等はありません」とされています(問5-4)。
経験年数による省略は「施行日時点」の経験が条件です。最近入社した方に当てはまるかどうかは慎重に判断し、迷う場合は所轄の労働基準監督署にご確認ください。省略した場合は、その理由と省略した科目を記録に残しておきましょう。
▶ 2027年4月からは役員・一人親方等も対象に
令和7年法律第33号による労働安全衛生法の改正で、特別教育の対象が労働者から「作業従事役員等」(中小事業者や個人事業者である作業従事者など)に広がります。2027年(令和9年)4月1日からは、作業従事役員等が労働者と同じ場所で特別教育の対象業務に就くときは、特別教育を受けなければなりません(改正後の労働安全衛生法第59条第4項)。中小規模の会社で、現場の作業に従事する代表者・役員の方がいる場合は、あわせて準備しておくと安心です。
「うちの講師で足りるのか」「この社員は科目を省略できるのか」と迷ったまま実施するのは不安ではありませんか。
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自社で行う場合と委託する場合のどちらが合うか、人数や現場の状況を伺ってご案内します。
■ 修了証と記録:義務なのはどちら?
▶ 記録の作成と3年保存は「義務」
安衛則第38条は「事業者は、特別教育を行なつたときは、当該特別教育の受講者、科目等の記録を作成して、これを三年間保存しておかなければならない」と定めています。自社で実施した場合、この記録は自社で作成・保存します。
記録の様式は決まっていませんが、次の項目があると後から確認しやすくなります。
- 教育の名称(墜落制止用器具を用いて行う作業に係る業務に係る特別教育)
- 実施日・時間・場所
- 受講者の氏名(所属)
- 科目ごとの時間と担当講師
- 省略した科目と省略の理由(ある場合)
- 使用した教材
記録の保存方法については安全衛生教育の記録の保存で詳しく解説しています。
▶ 修了証の交付は法令上の義務ではない
質疑応答集の問7-2では、修了証の様式について「ありません。修了証は特別教育の実施者が自主的に発行しているものです」とされています。法令に修了証の交付義務や様式の定めはありません。
ただし実務では、元請の現場に入るときに修了証の提示や写しの提出を求められることがよくあります。自社で実施する場合も、修了証を発行しておくと受講者本人が証明しやすくなります。
▶ 修了証に入れておきたい項目(テンプレートの考え方)
決まったテンプレートはないため、自社で作成します。次の項目を入れておくと、他社の現場でも内容が伝わりやすくなります。
- 受講者の氏名・生年月日
- 教育の正式名称と、根拠(労働安全衛生法第59条第3項・安衛則第36条第41号)
- 修了した科目と時間(省略した科目があればその旨)
- 実施日
- 実施者(事業者名・代表者名)、修了証の番号
修了証はあくまで「教育を受けた証明」です。記録(安衛則第38条)とは別物なので、修了証を渡しただけで記録の保存を省くことはできません。
▶ 転職者が前の会社で受けた教育は?
他社で受けた特別教育を自社でどう扱うかは、質疑応答集にも直接の記述がありません。前の会社や講習機関の修了証・記録で、規程の科目・時間を満たしていることを確認するのが基本です。詳しくは特別教育の有効期限もご覧ください。
■ 自社実施・外部委託・オンライン学科の比較
▶ 自社実施のハードル
自社実施は費用を抑えやすい反面、準備の負担があります。
- 講師の準備:知識・経験のある人を選び、6時間分の教材を作る手間がかかる
- 器具と場所:人数分のフルハーネス、取付け設備、実習場所が必要
- 時間:講師も受講者も、まとまった時間を確保する必要がある
- 書類:記録の作成・3年保存、修了証の作成を自社で行う
- 法改正への対応:教材を最新の法令に合わせて更新し続ける必要がある
▶ 3つの方法の比較表
| 項目 | 自社実施 | 外部委託 | オンライン学科 |
|---|---|---|---|
| 講師 | 自社で選ぶ | 委託先が用意 | 委託先が用意 |
| 教材 | 自社で作成 | 委託先が用意 | 委託先が用意 |
| 実技 | 自社で実施 | 出張等で対面 | 講師と対面で別途必要 |
| 向く会社 | 経験者が多い | まとめて受けたい | 少人数・遠方 |
▶ オンラインで行う場合の注意
厚生労働省の通達「インターネット等を介したeラーニング等により行われる労働安全衛生法に基づく安全衛生教育等の実施について」(令和8年9月2日改正)では、特別教育の学科は、教育内容・時間の担保、講師の「十分な知識又は経験」、質問に回答できる体制などの条件を満たせば、eラーニング等で行えます。
一方、実技教育は「講師と同一場所で対面により実施していること」が求められます。フルハーネス特別教育には1.5時間の実技があるため、オンラインだけでは完結しません。自社でオンライン学科を組む場合も同じ条件がかかります。詳しくは特別教育はオンラインで受けられる?学科と実技の条件をご覧ください。
■ 産業技能センターのフルハーネス特別教育講習
「講師や教材を社内で用意するのは負担が大きい」という場合は、当センターへの委託もご検討ください。
- 料金:1名8,000円〜(税込・教材費・修了証発行費込み。人数・地域・実技の準備などにより変わる場合があり、正確な金額はお見積もりでご案内します)
- 出張講習:関東1都6県は5名様から(交通費・宿泊費・出張基本費なし)。遠方は20名様以上が目安です。
- オンライン講習:学科はGoogle Meetで1名から受講できます。実技の進め方を含め、受講方法はお問い合わせの際にご案内します。
- お申込みの流れ:お問い合わせ → お見積もり → お見積もりのご確認後、お振込みをもって講習日を確定します。人数変更は3日前まで承ります。
現在、会場での定期講習の受付は停止しています。お申込み・ご相談はお問い合わせフォーム、またはお電話でお気軽にどうぞ。講習の対象や内容はフルハーネス特別教育|受けないとどうなる?対象・6時間・費用でも紹介しています。
■ よくある質問
▶ Q. フルハーネス特別教育を自社で行った場合、修了証は発行できますか?
A. 発行できます。修了証には法令上の様式がなく、実施者が自主的に発行するものとされています(質疑応答集 問7-2)。自社で実施した場合は、自社名義で発行します。
▶ Q. 修了証のテンプレートは厚生労働省が配布していますか?
A. 確認できた範囲では、厚生労働省が定めた修了証の様式やテンプレートはありません。受講者名、教育の名称、科目と時間、実施日、実施者などを入れて自社で作成してください。
▶ Q. フルハーネス特別教育にテストはありますか?答えはどこで確認できますか?
A. 法令や特別教育規程に修了試験の定めは見当たりません。テストは実施者が任意で行う理解度確認です。答えを探すより、規程第24条の範囲(装着・取付け・点検など)を理解することが大切です。
▶ Q. 自社の講師は、外部の講師養成講座を受ける必要がありますか?
A. 法令上の義務はありません。講師には特別の資格要件はなく、「特別教育の科目について十分な知識、経験を有する者」であることが求められます(質疑応答集 問6-2)。講師を選んだ理由を記録しておくとよいでしょう。
▶ Q. 学科だけ外部のオンライン講習で受けて、実技を自社で行えますか?
A. 学科と実技を別の実施者が分担する場合の手続きは、確認できた通達には示されていません。分担する場合は、規程の科目・時間をすべて満たしていることを記録で確認できるようにし、詳細は所轄の労働基準監督署にご確認ください。
■ まとめ
- フルハーネス特別教育は事業者の義務(安衛法第59条第3項)で、自社実施は可能です。
- 講師に法定資格はありませんが、「科目について十分な知識、経験」が必要です。
- カリキュラムは学科4.5時間・実技1.5時間の計6時間(特別教育規程第24条)。実技は対面で行います。
- 記録の作成・3年保存は義務(安衛則第38条)。修了証の交付は法令上の義務ではありませんが、現場では求められることが多いです。
- 講師・器具・時間の準備が負担なら、外部委託やオンライン学科との組み合わせも選択肢です。
■ 講習のお申込み・ご相談
社内で6時間の教育と器具をそろえるのが難しいなら、まずは人数と日程をお聞かせください。
📞 042-497-8840 に電話して相談する(相談無料・年中無休・7:00〜21:00)
出張講習とオンライン学科のどちらが合うか、お見積もりとあわせてご案内します。
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■ 参考情報・公式リソース
- 労働安全衛生法 第59条第3項(特別教育)、第119条第1号(罰則)
- 労働安全衛生規則 第36条第41号(対象業務)、第37条(科目の省略)、第38条(記録の保存)、第39条(特別教育の細目)
- 安全衛生特別教育規程(昭和47年労働省告示第92号)第24条:厚生労働省 法令等データベース
- 厚生労働省「墜落制止用器具に係る質疑応答集」(令和5年12月):厚生労働省(PDF)
- 昭和48年3月19日付け基発第145号(質疑応答集 問6-2の根拠として記載)
- 「インターネット等を介したeラーニング等により行われる労働安全衛生法に基づく安全衛生教育等の実施について」(令和8年9月2日改正 基安計発0902第1号ほか):厚生労働省(PDF)
- 労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律(令和7年法律第33号)
